検索アイコン

サイト内検索

商品内検索

第783号 2026(R8).08-09発行

PDF版はこちら 第783号 2026(R8).08-09発行

 

 

小麦・水稲栽培における新規被覆尿素施用が
生育および温室効果ガス排出へ及ぼす影響(前編)

東京農業大学 応用生物科学部
農芸化学科 土壌肥料学研究室
犬伏 和之
大島 宏行
加藤 拓

1.はじめに

 有機質肥料で与えられた窒素は土壌で無機化されることによって化学肥料と同様に植物に吸収されやすくなる。しかしその一部は,畑土壌で硝化作用を受け硝酸態窒素となり,さらに脱窒作用を受け,その副産物または中間産物として一酸化二窒素N2Oが大気に直接放出される。

 また硝酸は溶脱し地下水汚染の原因となるとともに,嫌気的な部位で脱窒され,N2Oになり,地下水を経由して下流で間接排出として大気拡散する。その量は直接排出と同様,無視できないと指摘されている(Mosier et al.1998;Sawamoto et al. 2002 )。

 一方,水田土壌では有機質肥料や土壌炭素など炭素化合物は嫌気的分解を受け,最終分解物であるメタン(CH4)が発生し大気に放出されている。N2Oは一分子当たりCO2の約265倍,CH4はCO2の約28倍の温室効果がある気体であり,微量でも環境に大きな負荷がかかる可能性をもつ(IPCC2014)。

 一方,被覆肥料は,その性質から多量に施肥しても濃度障害を起こしにくく,全量基肥施肥や追肥の省略が可能である。また,作物の根圏域近傍に施肥することで,吸収率が高まり,施肥量の削減が可能となり,環境負荷の低減につながる。しかし近年,肥料の被膜の殻が水路や河川に流れ,海洋汚染の原因になっているという指摘もある。

 特に稲作では,代掻き作業中や一時的排水時に,被覆肥料の被膜が流亡してしまうことがわかっている(農林水産省農産局 2021)。これに対して,肥料の被膜の浮上を抑制することで圃場外へ流亡しにくくした被覆肥料が開発された(ジェイカムアグリ株式会社ホームページ 2024)。しかし,肥料窒素の動態や作物生育,温室効果ガスへの影響が新たな課題として挙げられている。

 本稿では,被膜の流亡を低減した被覆尿素を用いたコムギ(本稿)および水稲(後編)の栽培が,作物の生育と土壌浸透水および水田の間隙水の溶存ガス,ならびに大気への温室効果ガス排出量に及ぼす影響を調べたライシメータ試験について紹介する。

2.コムギ栽培試験

 まずコムギ栽培土壌から大気へ排出されるN2O,CO2と土壌浸透水の溶存N2O,CO2排出に及ぼす被覆肥料の影響を評価した。試験地は東京農業大学世田谷キャンパスの網室にあるライシメータ(面積2.9×1.9㎡)を6基使用した。栃木県日光市から採取した黒ボク土土壌が既に充填されている。

 供試作物は,主に埼玉県で栽培されている品種の「さとのそら」を使用した。日本で一般的に栽培されているコムギの品種,「農林61号」と同等の品質を示しながら,栽培性に優れている品種である(JA埼玉中央ホームページ)。

 窒素肥料として粒状尿素(三井化学株式会社),リン酸肥料として熔リン(全農リン酸:苦土:けい酸:アルカリ分=20:15:20:50),カリ肥料として塩化カリ(柳島製薬株式会社特級)を使用した。被覆尿素はくみあいJコートL30およびくみあいJコートL50(ジェイカムアグリ株式会社)を使用した。

 試験区は窒素肥料を被覆肥料であるジェイカムアグリのJコートL30およびJコートL50のリニア型と尿素を半分ずつ施肥した被覆尿素区を4区,主に「さとのそら」が栽培されている埼玉県の施肥基準に準じた尿素を施肥する対照区を2区の合計6区設けて栽培試験を行った。被覆尿素区は,後述する水稲栽培試験の代掻き深度の違いによる調査において,さらに2区ずつに分けられるため4区の設定となった。

 栽培期間中に草丈を調査し,ライシメータ底部からの土壌浸透水採取は降雨後に行った。栽培後は全体の重量を測った後,わら,子実,根の新鮮重量を測定した。また,測定したわら,子実,根の一部を乾燥させ,水分含有量を算出した。

 溶存ガス量はSawamoto et al.(2002)に沿って,ライシメータ下より採取した土壌浸透水を真空バイアル瓶に採取し,ヘリウムガスで溶存ガスを追い出したのち,バイアル瓶内の気体をガスクロマトグラフィーで測定した。大気への温室効果ガス放出量はチャンバー法で定量し,無機態窒素は比色法で測定した。

 植物体および土壌の全窒素量は乾式燃焼法(土壌環境分析法編集委員会 1997)で測定した。乾燥した植物体や土壌を乳鉢もしくはコーヒーミルを用いて粉砕し,NCコーダー(住化分析センター,SUMIGRAPHNC-220F)を用いて全窒素量を測定した。

 コムギの草丈(図2)は,気候が温暖になった3月から大きく生長が見られた。対照区および被覆肥料区の間で有意差は見られなかった。加えて収穫時の乾燥重(図3)は,わら重が対照区と比べて被覆肥料区で大きくなる傾向を示した。

 ライシメータ下からの浸透水総排出量(図4)は,ライシメータ下から浸透水を採取できなかった対照区2を除いた合計5区画の中で,被覆肥料区の3が一番大きい結果となったが,対照区と被覆肥料区との間に有意差は見られなかった。しかしながら,どの区も降水量に合わせて排水量が増減し,栽培後期は降水量の増加に伴い,土壌浸透水の排出量も増加していた。

 土壌浸透水中の硝酸態窒素(図5)は栽培後期にかけてどの区も大きく減少しており,これは地温上昇によるコムギの生長や,土壌での硝化および脱窒が進んだ結果と考えられる。

 アンモニア態窒素(図6)でも,気候が温暖になった3月以降に数値の減少が見られた。しかし硝酸態窒素の値と比較するとその減少量はごくわずかであり,コムギ栽培試験において,アンモニア態窒素はほとんど硝化され,土壌浸透水にあまり溶脱しなかったものと考察される。

 溶存ガスではCO2の排出が圧倒的に多く(図7),N2Oの排出は少ない結果となった(図8)。しかしながら,どちらも排出量が栽培後期にかけて大きく増加しており,先ほど示した降水量および排出量も栽培後期に増加していることから,多量の降水によって流れ出し,間接的な排出を促進している可能性がある。

 一方,土壌表面から大気へ直接放出されたN2Oフラックスは4月10日に対照区で追肥を行った直後に増加した(図9)。コムギ栽培期間中の積算排出量においても対照区が高い傾向を示した(図10)。被覆肥料の全量基肥施肥はN2O排出抑制に貢献する可能性が確認された。

 これらを踏まえ,間接CO2放出量および間接N2O放出量の平均を対照区と被覆尿素区で算出した結果,対照区と被覆尿素区の間接CO2放出量および間接N2O放出量に有意差は見られず(図11),被覆肥料の間接排出に対する抑制効果は見られなかった。

 また,間接N2O放出量の平均の値を用いてN2Oのエミッションファクター(EF)を算出したところ,対照区ではEF:1.08,被覆肥料区ではEF:1.21となり,IPCCの報告値より高い結果となった。これは今回の試験では十分にデータを得られなかった区があったことが影響していると考えられ,再度,同一条件での試験の検討が必要であると考える。

 施肥窒素が効果的に作物に吸収されるような肥培管理が硝酸態窒素の溶脱,さらに間接および直接N2O排出を抑制するために重要である(澤本ら 2010)。また土壌水分量の少なさがN2O拡散の原動力であり,溶存N2O濃度も高くなるとの報告もある(Minamikawa et al. 2011)。

 

 

「食」と「農」のこれから
行動変容について1 人の心理にかかるバイアス

株式会社ファーム・フロンティア
取締役会長 藤井 弘志

1.行動経済学とは

 近年,「行動経済学」が注目されています。2002年に,心理学者のダニエル・カーネマン氏がノーベル経済学賞を受賞し,行動経済学の重要性が国際的に認められました。続いて2013年にロバート・シラー氏が,2017年にリチャード・セイラー氏がノーベル経済学賞を受賞しました。書店にも行動経済学に関する書籍が並んでいるのが目に付くようになりました。

 「行動経済学」は経済学に心理学の要素を加えて,人間の行動を解き明かそうというものです。伝統的な経済学の前提条件としてあるのは,市場に関するすべての情報を持っている,感情に振り回されることなく冷静で無駄がない,自分の利益のみを追求する,常に合理的に判断する,というものです。しかし,実際の生身の人間は必ずしもそうではありません。周囲の環境や自身の気持ちなどに影響されてしまいます。

 例えばダイエットのために甘い食べ物を制限しているのに,おいしそうなケーキを見てしまうと「ダイエットは明日から,今日はこのケーキを食べたい」と考えたり,夏休みの宿題をしなければならないのに遊びを優先してしまう,などはよくあることでしょう。また,〇日~〇日まで半額セール,先着〇名様限定,〇円以上お買い上げのお客様におまけ付き,などのメッセージには,今買わなければ損をしてしまうという気持ちが働き,購買行動に向かうということもあります。

 私たちは無意識のうちに不合理な判断を下すことがあり,行動経済学ではこのような判断のパターンを分類して説明しています。行動経済学を知ることで,自分の判断や行動の理由を理解することができます。

2.人間の行動と心理

 ダメだと思っていてもやってしまうなど,一見不合理に見える行動に向かうのは,人間の心理の偏り(バイアス)があるからだといわれます。私たちのものの見方には,常にある種の偏りがあり,それは人によって様々です。また自分の偏りに気づいていない場合も多いのです。

 主なバイアスの種類を次にあげます。

〇正常性バイアス:自分にとって都合の悪い情報は無視する,まだ正常の範囲だと考える。
〇確証バイアス:自分の考えを肯定する情報に注目し,反対する情報を軽視する。
〇現状維持バイアス:現状のままが楽なので積極的に変化を選ばない。
〇現在バイアス:将来の利益より目先の利益に高い価値を感じる,問題を先送りする。
〇楽観性バイアス:根拠がないのに自分だけは大丈夫と考える。
〇流暢性バイアス:間違ったことでも流暢に言われたり書かれたりすると納得しやすい。

 バイアスを引き起こす心理効果や理論にも様々なものがあります。

◇サンクコスト効果

 すでに投資したお金や労力,時間をもったいないと考え,損をすることがわかっていてもやめられない。(例)以前に高額で購入した衣服を,もはや着用機会がないのに処分できずに保管している。

 この心理的効果はコンコルド効果とも呼ばれます。名前の由来は,かつてイギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機「コンコルド」です。開発を継続しても利益は望めないのに,「これまでに注ぎ込んだ莫大な資金と時間がもったいない」という心理から撤退できず,最終的に大きな損失を招きました。

◇フレーミング効果

 表現の仕方が変わると印象も変わる。(例)タウリン1gとタウリン1000mgは同じ量でも数字の大きい方が多く感じる。コップに飲み物が半分入っている場合に「半分しかない」「半分も残っている」という言い方の違い。

◇アンカリング効果

 先に受けた印象が錨(いかり:アンカー)のように心に残り,その後の意思決定に影響する。(例)通常価格10万円の品が今ならセールで半額と言われると,それほど欲しくないものでも安いと思って買ってしまう。

◇バンドワゴン効果

 多くの人が支持していると同調したくなる。(例)書店でベストセラーの本を売っていると買いたくなる。行列のできるラーメン屋には並んででも食べたい。

◇極端回避性(松竹梅の法則)

 極端な選択による損失の可能性を避けようとする。(例)握り寿司で松(6,000円)竹(4,000円)梅(2,000円)があると,三段階の選択肢のうち真ん中の竹を無難と考える。逆にA・B・CのうちBが本当に売りたいものの場合,価格設定をA(20,000円)B(12,000円)C(5,000円)とするとBが選ばれやすい。

◇プロスペクト理論

 得する喜びより損する悲しみの方が大きく,損は得の2.25倍の影響といわれる。(例)1万円をもらった喜びと1万円を失った悲しみを比較すると,失った方のダメージが2倍以上大きい。商品を販売する際に「商品に満足いただけない場合は全額返金できる」という一言で損が回避できるという安心感があり購買行動を促す。

 また,人間の思考には2種類あり,一つは直感的,直情的に判断するもの(ヒューリスティック)で,早い判断ができるが間違いも多いというもの,もう一つはじっくり熟慮するもので,判断に時間がかかるが精度が高いというもの(システマティック)です。

 普段の生活の中では直感的な判断に基づいた行動が多いのではないでしょうか。危険が迫っている時にとっさに回避したり,スポーツ中のプレーなどはまさにその例です。普段の日常会話でも,ポンポンと話が弾むのは直感で話すことが多いからだと思います。相手の話を一つ一つ吟味して考えていたら何時間もかかってしまいます。

 医師の手術では患者の状態に応じて即座に対応することが必要になりますが,直感的判断で精度が高ければそれに越したことはありません。そのためには失敗したときの振り返り,リスクを想定したシミュレーションなどを時間をかけて学び訓練すること,その積み重ねが瞬時に正しい行動に向かわせます。

3.人を動かす「ナッジ」

 自身が意識しないうちにある行動に導かれることもあります。「ナッジ」というもので,人々が強制的にではなく,よりよい選択を自発的にとれるようにする方法を生み出すための理論です。ゾウの親子の例で,親ゾウが鼻で子ゾウをそっと押して,行く方向に導くようなイメージです。

 ナッジの例としては次のようなものがあります。

・コンビニのレジ前や銀行のATMで矢印や足跡のマークを床に貼って行列を整理する。
・ゴミ箱をバスケットゴールに見立てて,楽しみながらゴミを捨てることで結果的にその場所がきれいになる。
・階段を踏むとピアノのように音が出る「つい歩きたくなる階段」があると,エスカレーターでなく階段を利用する人が増え,運動不足解消につながる。
・選択肢を多くせず,取ってほしい選択をデフォルト(初期設定,定番)にする。ランチメニューに「今日のおすすめAランチ」を設定すると注文する人が多い。

 ナッジによる課題解決の仕組みを考えてみます。命令や禁止によるのではなく,自分自身の選択となるようにすること,よりよい選択となるような仕組みを設計することです。解決策を策定するフレームワーク(枠組み)として「EAST」があります。E:Easy(簡単,簡潔),A:Attractive(魅力的,印象的),S:Social(社会性),T:Timely(タイミング)を示します。

 健康診断の受診率向上を例にしてみます。健康診断当日までの過程として,通知が届く⇒開封する⇒内容を理解する⇒受診の意思を決める⇒申し込み⇒受診会場へ行く,という過程が考えられます。健康診断を受ける行動へ誘導するためにEASTを使います。

E⇒昨年と同じ内容で受診するなら申し込み不要,必要項目を印字しておき確認するだけにする。
A⇒今年〇歳の方は受診料金を20%割引。
S⇒B市内の住民は10人のうち9人が受診している。
T⇒受診日の10日前に検査キットを送る。

 私たちの日常生活の中にも今まで述べたような様々なバイアスやナッジが存在していることを理解すると,自分自身が適切な判断をし,よりよい行動を選択する手助けとなることでしょう。相手に伝えなければならない話が2つあり,良い話と悪い話がある場合,どちらを先に伝えますか。多くの場合,悪い話の後に良い話を伝えると,良い印象が残りやすいといわれます。これも行動経済学のピークエンドの法則に基づくものです。

参考資料

●橋本之克:ミクロ・マクロの前に今さら聞けない行動経済学の超基本(2023年)朝日新聞社

●橋本之克:世界は行動経済学でできている(2025年)株式会社アスコム

●真壁昭夫(監修):知識ゼロでも楽しく読める行動経済学のしくみ(2022年)株式会社西東社

●今井むつみ:人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学(2025年)株式会社日経BP 日本経済新聞出版